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東北地方太平洋沖地震 に参加中!






いわきへ行ってきました。

関越道、東北道、北関東道を乗り継ぎ水戸ICで降りました。


水戸からは国道6号線でいわきへ・・・

水戸を降りると
すぐにガソリンスタンドの長蛇の列、列、列


東海村あたりから
道の凹凸が多くなってきました。

途中、大みかの辺のカワチで
頼まれてたボックスティッシュを買おうと寄ったら




NEC_0498








このときの時間は10時頃で、入場制限です。
並んでいるときも余震がありました。



一組出たら、一組入れる。
購入する品物も限られていて
店内も暗く、断水のためトイレも使用不可。


NEC_0497



生鮮食品はもちろんまったくなし。



まだこの辺は
開けているお店も少しありました。

私の生まれた日立市を通り
(2歳まで住んでいました)

ガソリンスタンドは
開いているところは少なく
開いているところはすごい列
4kmぐらいは続いているんじゃないでしょうか。


道の凹凸は相変わらずです
電柱も斜めになってたりしているところも・・・


そして

いわきにはいりました。
国道沿いの勿来駅過ぎまでは、
それほどの被害はみられませんでしたが
津波がきた跡はありました。


ごめんなさい
地名がよく覚えてないんですが
たぶん錦町の辺だと思うんですが
かなりの被害状況でした。
倒壊している家屋がたくさんありました。
国道沿いには
家財道具や家屋の残骸があふれかえっていました。



みなさん一生懸命片づけをなさっていました。


それを見ながら車を走らせていて
とても胸が痛くなりました。


錦町を通過していくと
家屋の倒壊こそは見られなくなりましたが・・・・

車の数、人の姿がまばらになりました。

もちろん開いているお店ももうほとんどありません。

物資が届いていない。

車を走らせている間

トラックなんか

1台も見ませんでした。



たくさんの人が

いわきにはいるのに

外に出ても

問題ないのに・・・・。


なんで?

おかしいよね

物が届かないなんてさ


母の自宅には

灯油はありません

電気は大丈夫なので

カーペットとこたつで

暖をとっています。


はやく

燃料の供給を

お願いします。







母が、今現在住んでいるんは
いわき市の平というところです。
8年ほど前に生地より移り住みました。

ここは
いわきの中でも中心となる町です。
人通りも見られるようになりました。

比較的被害がなく
水道だけがまだ復旧していません。

母の家に到着して
元気な姿を確認しました。




丁度、水を汲みに行くところだったので
私と、姉・息子で行きました。




給水場所は小太郎町公園の水道です。
蛇口はひとつだけ・・・。



no title





1






ここより5分ぐらいの公園は沢山蛇口があるんですよ

って教えてくださる方もいました。


並んでいるときに
またしても余震がありました。


私たちが、水を組み終わり
歩いているところ、
叔母夫婦が車で迎えに来てくれました。

この日に、叔母夫婦(母の姉夫婦)が
住んでいる内郷地区の水道が復旧したらしく
叔母夫婦は母の所に車で
タンクに入れた水を持ってきてくれました。


久しぶりに会えた嬉しさと
無事を確認しました。

叔母は言いました。

避難所はもういやよ。
寒くて寒くてしょうがないのよ。

70代後半の人達には、とてもきつかったと思います。


叔母夫婦は、
現在は自宅に戻っています。


現場の切実な生の声です。

まだまだ
たくさんの方が
避難所にいらっしゃいます。






母は、

誰と誰が亡くなってしまって・・・

と、久しぶりに会えた娘2人に
やっぱり寂しかったのか
しゃべりっぱなしでした。



息子に.......

ばぁ~ちゃん
しゃべりすぎだよ

って言われるぐらい。



ちなみに、今回娘は同行しませんでした。



4時ごろになり
そろそろ帰る時間に・・・・

短い滞在時間でしたが家を後にしました。



私と姉はそれから
私たちが育った町で
母の生地でもある町。
(四倉 よつくらに行きました。
今は、叔父夫婦(母の兄夫婦)が跡を継いで住んでいます。

今日の新聞には
四倉高校に避難している災害弱者の記事が載っていました。

物資が全く届かずに困っているそうです。



母は、

四倉には行っちゃだめだよ

と言ったんですが、


私と姉はどうしても行きたくて
母には黙って行きました。




母は、
地震以後四倉には行ってません。



被害が大きかったことなど
様子は聞いて知っていると思いますが
現場に一緒に連れて行かなくて
良かったと思います。




あの現状をみたら

気の強い母も

たぶん・・・・


泣き崩れていたと思います。





現状を目の当たりにした

私たちも

なんといっていいかわからないぐらい

悲壮感

喪失感

に襲われたぐらいですから・・・・・





四倉は、屋内待避

ぎりぎり30キロ圏内範囲外のところです。

母の実家から少し先のところ.....

そこから先は

一般人は通行不可となっていました。








四倉の現状は

次の記事で・・・・・







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