ブログネタ
に参加中!


まず、私の子供時代をかいていきたいと思います


これが、

私の子育てに影響を与えているのかもしれません

わからないけど、いわゆる

アダルトチルドレンってやつ?なのかも・・・・




私には、2歳上の姉がいます

それと父・母

私が小学校4年生までは

ごく普通の家庭だったと思います




父が、浮気をしているらしい・・・・

母は、それを私には隠しませんでした

          母はとんでもなく気性が激しく

          のちに娘と私の母はそっくりの性質なんだと

          気がついたときには

          なんというか

          落胆しました


いつだったか

父が背中を丸めてうずくまって

その背中を叫びながら

ぐぅで叩いている母がいました

そして私に

「お父さんは悪いことしたんだよ

         お前も一緒に叩きなさい」

って言うんです

意味がわからず一緒に叩いてた記憶が

わずかに残っています



それからしばらくして

父は

女の人と

蒸発しました



私達は、

母の実家の近くに引っ越しました

なんかコソコソと昼間の夜逃げみたいでした


小学校も転校しました。

4年生の3学期のはじめでした

「なんで転校するの?」

って聞かれて

まさか父親がいなくなっちゃったなんて

言えませんでした

あの時代は母子家庭すら物珍しかった時代

引っ越し先は同じ市内でバスだと1時間ちょっとの所です




しばらくは生活保護をうけていたらしいです

        (これは、あとで知りました)

母は、

まぁこれも定番というか

スナックで働き始めました

私と姉は

2人で留守番です

しばらくは

クリスマスもお正月も

夜は2人で過ごしました



生活にも慣れてきた頃

母は

家に男性を連れてくるようになりました

この話は本当は書きたくない

思い出すのも嫌です

かなりのトラウマ



当時2階建てのアパートに住んでいました

下に居間と台所・トイレ・お風呂

上に2部屋

夜、男性が来ると

私と姉は

そそくさと2階にあがります

帰るまで下には降りれません


男性は

同じ学区内に通う子供の父親でした

(確か、姉と同級生の子供がいたかな)



最悪でした

安いアパートでしたから

声はきこえるし

トイレは我慢だし

高校生の時は

もろあの現場に遭遇したときもあります

(そのときの母のお相手は近所の酒屋のだんな)



PTAの飲み会なんか

近所の親父が迎えにくるんです

「 ほら いくぞぉ~ 」

ってな感じでね

男好きする人だったんですね








今、キーボードを打ち込む手が震えています

ほんとに

思い出したくない子供時代です

日常の生活なんて

正直ほとんど記憶がないんです



母は

母であるより

女を選んだ




必死に育ててくれたことには

感謝しています

私が同じ母子家庭の母となってみて

その大変さは心底理解できます

でも、やっぱり

私達だけ見て欲しかった




反面教師がいたおかげで

私は

離婚して

女を捨てる!!

って決めました


あんな辛い思い

絶対に子供達にさせたくない




再婚前提で

子供達も信頼してくれる人がいれば別だけどね


       そんな奇特な人はいないって







そんな小学校時代を過ごした私です






母は元気です

今も、地元で一人で暮らしています

娘と母は同じ電極の磁石なのでくっつきません

と~っても気が合いません

2人とも

自分に合わせろって人達だから

どうやったって合いません




母は、私に遠慮無く娘の悪口を言ってきます

「どうしようもない子だねぇ あの子は

なんて軽い軽い

もっと酷いこと言われましたから

自分の子供の悪口を

自分の母親から聞く

もうたまりません






母とは、1年に2、3度ほどしか話しません

それも母から掛けてきた電話のみ


何年か前までは

行き来もしていたんですが

あることがきっかけで

(これは、後日また書きますね)

会うことはなくなりました

それに

我が家は貧乏

会いに行く電車賃なんかありません






ひどい娘だと思われるかもしれませんが

だめなんです

私、母より自分の子供を選びました





その点

姉は偉いの

離れてくらしてはいるけれど

きちんと母の面倒をみています

ごめんね

ありがとう

こんな不甲斐ない妹で申し訳ない


年を取って一人になったら

一緒に暮らそうね







そうそう

父のその後ですが・・・・・

私が高校3年のとき見つかりまして

母は連絡を取り

今までの生活費を要求したんですが

すぐに亡くなりました

私が卒業式を迎えた頃





遺骨は

一緒に住んでいた女性が持ってきました

とりあえずお葬式もだしました

身内だけでひっそりとね

骨は、父方のお墓に入りました




ほとんど

父の記憶はないけれど

嫌いじゃなかったなぁ

だまって出ていったことは許せないけれど

あの母が妻だったら

きつかったと思うよ

お父さん









読んで下さってありがとうございます。
よろしければ ぽちっ とお願いいたします。

にほんブログ村 子育てブログ シングルマザー育児へ にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ