わたしは頑張れるのかなぁ?

凹凸のある子育てや日々の生活を書き綴っていきたいと思います。

破綻した結婚生活

元だんなの家族~続き~






こんにちは

いつも

読んでくださって、

ここに来ていただいて、

ありがとうございます。






前回の続きです




離婚の経緯は過去記事

「元だんなのこと」

こちらに書いてありますが






前回の記事で書いた

兄嫁が間に入ってきてしまい

めちゃくちゃにされてしまいました



彼女は良かれと思ってしたんだと思います

でも、それを全ての人間が受け止めるか・・・・・

それは「否」です


..........



親族間でも

離婚問題は当人同士の問題

本人達からのSOSがない限り

首を突っ込まないのが得策かと思います


..........



彼女は言いました

もう、箇条書きにしちゃいます



・あなたには、きちんとした実家がないので離婚しても生活が成り立たない

 そんな人に離婚する資格はない

・子供達を父親のない子にしていいのか?

・あなたの勝手で子供達がかわいそう

・進学するときに大変なことになる

・あなたが我慢をすれば、全てがうまくいくはずだから好きなだけパチンコ代もあげなさい

・もし、離婚してあなたに何があってもあなたの子供達の面倒は私達は一切見ません




簡単に書くとこんな感じ

それ以外は、覚えていません

これを何度も何度もしつこく言ってきました



「私は、人間として扱われないんですね」



と、返したのは覚えています。



なんで兄嫁にここまで言われるのか?

私にだって悪い所はあるのは認めているのに

元だんなのしたことに対しては一切触れず

「大変だったね」の一言もなく

全て一方的

あなたは裁判官なの?


っていうか

親族でも言っていいことと悪いことがあるはず





私は夜中に

体中が震えて呼吸ができなくなりました



これがパニック発作か・・・・


と思いながら

ただ、ただ、うずくまるだけでした



でも このときの私は、強かった




こんなことでへこたれてはいけない




すぐに這い上がりましたよ




なんせ子供達との生活は待ってくれない

当時娘は小3、息子は10ヶ月





義理兄の電話は着信拒否にしました




義理父からの電話に出ても

首を縦には振りませんでした




私が悪者扱いです



それでもいいじゃん


相手にどう思われようと

まして

当人同士の問題


ほっとけぇ~



私の意志は変わりませんし

そもそも離婚を言い出したのはあちら・・・

あの方々、それすら忘れてるんじゃない?



そして

諍いは何も生まない






だって

当の元だんなは

なんかしらんけど家に来て

娘と食事している最中に

一生懸命に彼女とメール



娘との会話なんてありゃしない

視線すら合わせない

娘は久しぶりに父親と食事できたことで

満足して気にしていなかったからよかったけれど

見ていた私は・・・・

呆れを通り越して

この人終わってる








そんな男を必死に養護してるのは



もしかして、自分たち(兄夫婦)が

弟の面倒をみなくちゃいけない焦り?

ダメな父親とともにダメな弟

それはそれでねぇ・・・大変でしょうね






しばらくすると、

兄夫婦は何も言ってはこなくなりました

それ以来

8年以上、お会いしておりません




義理父は

転がり込んできた息子に対し

やっぱり持て余したらしく

何度も何度も

「もう一度考え直してくれ」

と、言い続けてました

ようは、出て行って欲しいんですね




酷いときは、孫の娘にそれを言うんですよ

さすがにそれはまずいでしょ?って思い

義理妹にお願いして、言わないでくれるように伝えました



離婚して2年半過ぎごろ

市営の団地に入れることになり

引越しすることを義理父に連絡しました

案の定・・・・

「あいつも置いてやってくれ」

はぁ~?世帯主は私で借りたのよ?

何を言ってるんでしょう?

・・・な~んては言えっこないので

やんわりと「無理ですよ」と伝えました





そして

元だんなが再婚すると

義理父からの連絡もなくなりました






それまでは


「離婚しても孫は孫だからな


なんて言ってくれて

義理妹が来たときは、娘達も呼んでくれて

お年玉も、入学祝も、下さってたのにね・・・



新しい家庭が出来たんだから仕方がないんだけどさ



そんなんで

義理父とも

実の子供、孫より

すぐ近くに住む私達とは

もう、3年以上お会いしておりません







そんな経緯をたどったのです





私が、たま~に

子供達に対して罪悪感を持ったりしてしまうのは

この出来事のせいなのかと思っています




寒くなると

なんとな~く心の中にも風が吹いちゃって

落ち込んだり自己嫌悪になってしまいます






年の瀬ということもありますね





ここ毎年、子供達が

「お年玉」をもらえるのは

私と私の姉だけからです





学校がはじまれば

いくら貰った?

とか・・・・

色々あるじゃないですか?


娘も、嫌だったと思います


息子は・・・これからですね


















以上、「親の身勝手・続編」(笑)は完結でございます










また泣き言を書くかもしれませんが


「またRinRinさん凹んでるよ~駄目だなぁ~


って具合で、叱咤激励お待ちしております

みなさんの声が、とっても励みになります

いつも本当にありがとうございます







そして

誰かが凹んでいるときには

私、すぐに駆けつけますから










setsudenb_j_120_90


読んで下さってありがとうございます。
よろしければ ぽちっ とお願いいたします。

にほんブログ村 子育てブログ シングルマザー育児へ にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ

人気ブログランキングへ


元だんなの家族。






こんにちは

いつも

読んでくださって、

ここに来ていただいて、

ありがとうございます。




前々回の記事に対して

沢山の励ましを頂きましてありがとうございました




私も、疲れとともに急激な寒さで人恋しくなり

少し気持ち的に下がっていた感じでした




でも、大丈夫です。

ブレズにやっていきます







ここで

愚痴になるのか

悪口になるのか

捉えようですが

元だんなの家族について触れたいと思います



私が・・・なぜ

「離婚は親の身勝手」

という言葉を出したのか

おわかりになっていただけるかと思います




元だんなの家族は



義理父・・・

1人暮らしで今でも市内に住んでおります

元だんなは、この方に性格がそっくりです

はっきりいっていい加減

昔からあちこちに借金をつくり

他人の保証人になって逃げられたり・・・・

そんな生活を送ってきました

義理母は私がこっちに来たときには

すでに肝硬変になっており

入退院の繰り返しでした

出来損ないのだんなに代わり必死に働いて身体を壊しました

義理母は私にとって女性としてなんでも話せる人でした

仕事が休みの日には付き添いをして色々な話をしました

でも、残念ながら

私が来てから8ヶ月後に亡くなりました

元だんなはじめ、子供達はマザコンといってもいいぐらい

この義理母を大事にしていました

なので、彼女の死は家族にとって大打撃だったのです

元だんなの妹には当時3ヶ月ほどの長女がいました

私は、妹に変わって赤ちゃんの世話をして

お通夜も控え室でした

誰も私なんかいなくても気にしないんです

見かねた叔母さんが

「あんただって親族なんだからさ、この子は私が見てるからいきなさい」

と言ってくださって出ましたが、もう終わっていました。

告別式もそんな感じでしたね

親族席になかなか座れない状況でした

嫁の私に気遣う家族はいなかったんですね・・・・

母の死後

子供達は相続放棄をしました

母の名義の借金や保証人がかなりあったからです



義理兄・・・

こちらは、父親の駄目な所を嫌っていました

長男ということでとても厳しく育てられたようで

とっても真面目で堅い人です

自力で大学をでまして

現在は自営をしております

母の死後の翌年に結婚をしました

その兄嫁が

またまた堅い女性で

ずっと優等生で、きたんだろうなぁ~

と、すぐにわかるような人です

この兄嫁に離婚問題で

精神的に追い詰められました

詳しくは次の記事にて・・・書かせていただきます

長男の嫁ということにこだわりながら

結婚後すぐに

自分の実家(市外)から歩いて3歩の所に家を建てました

昔ながらの気質の義理父は

肩身が狭かったことでしょう(多分、現在も)

義理父はしょっちゅう子供、孫を呼んで食事をしたがりました

(普段は1人ですから、仕方がないですよね)

私は、元だんながほとんど仕事だったため

子供を連れて必ず行っていました

兄嫁は義理兄抜きで

義理兄の実家にはきたことがありません

運転が怖いから

2人の子供の世話が大変だから

などど言っていました

子供のお風呂を2人入れるのは大変で

「いつも実家のお父さんにお風呂に入れて貰ってる」

って聞いたことがあります

私は、それに対して何も言いませんでしたが・・・

とにかく、なぜか「長男の嫁」にこだわっていましたね

今は・・・どうなんでしょう?



義理妹・・・

妹は、わりと仲が良かったんです

妹の長女と私の娘は1つ違いでしたから

とっても仲がよくて行き来も頻繁にしていました

上の兄を尊敬していましたが、

下の兄(元だんな)のことは兄だと思えない!!

と・・・私の前でも言っていました

(私も唯一愚痴をこぼせる身内でしたから)

だって、妹にパチンコ代を借りに行くんですよ?

信じられない大馬鹿者ですよ



この妹のだんな様が・・・

義理父を毛嫌いしてまして

最初こそはお付き合いしていましたが

義理父が金銭的にあまりにルーズなんで

何年か後には

嫁の実家には、一切出入りしなくなりました

義理妹が実家に行くことは

渋々承知しますが

「何かあったときは自分たちは関わらない」

宣言をぶちかましました。

この夫婦は

私達の離婚問題の時には

「2人の問題なんだから口出しはしないよ」

「あの兄貴じゃしょうがないよ」

と、余計なことは何も言わずにいてくれました

私には、とっても有り難かったです




そんな中で

育った元だんな・・・


3人兄妹の真ん中だったので

かなりほっとかれていたらしく

いっつもちょろちょろして


適当人生を小さい頃から歩んできたらしい・・・




小さい頃から

なんでも中途半端

頼んでも何もしない





う~ん

私的に、彼はADHDだと思われます






そんな家族に持ち上がった私達の離婚話





槍玉にあがったのは

彼ではなく、私でした



ここで

はじめてのパニック障害を体験するのでした







長くなったので


次に、引っ張りますね~













setsudenb_j_120_90


読んで下さってありがとうございます。
よろしければ ぽちっ とお願いいたします。

にほんブログ村 子育てブログ シングルマザー育児へ にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ

人気ブログランキングへ

小学校3年生・離婚成立



娘が3年生に進級する

始業式の日に

元だんなは

家を出ていきました




子供の前で

喧嘩はしたくないので

ほとんど

会話がない状態でした





まぁ

娘の寝た後に

帰ってきて

娘が

学校に行くときには

まだ寝ていましたので

娘は

両親が

こんなことに

なってるなんて

気がついては

いませんでした





娘が学校から帰ってきて

私は

お父さんは

しばらく

おじいちゃんの家で

生活するからね

おじいちゃん

最近調子が悪いから

一人でなにかあったら

大変でしょ?

って嘘をつきました

この嘘を

娘が

小学校5年になるまで

つきとおしました

そして

後で恨まれるんですが・・




担任の先生は

新しく赴任してきた

若い男性教師でした

家庭訪問の時に

現在の状況を話し

とにかく

娘に変化があったり

お友達と

なにかあったら

すぐに教えて下さいと

お願いしました




この担任の先生

子供達からは

人気があったんですが

私から見たら

責任感の無い

先生でした






小学校の中学年って

6年間のなかで

一番大事な

学年だと思う

そのときに

大事なものを

見落としてしまうと

高学年になって

あれっ?ってなる

ホントこの学年って

大事です

痛感しています




しばらくは

別居ということ

だったんで

生活費は

節約しながらも

なんとか

過ごせていました

私は当時

仕事をしていなかったので

別居している

元だんなとその父親から

いつ働くんだ?

って

しつこく言われてました

息子はまだ保育園に

入れないから

出来ません!!

と言い続けていました





夏休みが過ぎ

いい加減離婚してくれ

と言ってきて

わたしから裁判所に

調停離婚の手続きをしました

9月に裁判所から

呼び出しがありました



調停委員の方々は

う~ん 正直・・・・・

こんなもんかぁ~

って感想

とにかく他人事・事務的



私達は特に

揉めることもなかったので

1回の調停で離婚成立



調停離婚に関しては

きちんと経緯が

書面上に残るから

その点は、良かったかな



その後の

子供の戸籍の手続きやらが

とっても面倒でした



そして

もう一度担任の先生に

離婚が成立したこと

娘の様子に

気をつけて下さい

とお願いしに学校へ・・





離婚の話と同時進行で

息子の保育園探し



娘が6年間

お世話になった保育園の

理事長に

泣きながら事の経緯を話し


とりあえずは

すぐに市の窓口に

申し込みをしてくれば?

って言って頂き

すぐに申し込みに



担当窓口の職員は

しばらくは無理だろうけど・・・

空きが出来たら連絡しますね

と受理してくれました





その後

理事長が自宅で採れた

サクランボ

わざわざ家まで

持ってきてくれたこと

とっても

嬉しかったです

涙があふれた





実は・・・・・

元だんなの浮気相手の

子供も同じ保育園でした

うちは、

すでに卒園してましたが

保育園の先生達とは

仲が良くしょっちゅう

行き来していました


そんな関係で

元だんなと彼女のことは

私が言わなくても

職員は周知していました


私は

その保育園の

子育ての方針が

大好きで

そこしか息子の入園は

考えていませんでした







1週間もしないうちに

市と保育園から

空ができました

と電話がありました



よくよく

聞いてみると

その彼女の子供が

退園したらしいです

それも

中途半端な感じで・・・

理事長は

それに対し

きちんと身辺の整理を

するように

と一言 彼女に

言ったそうです




私の息子は

元だんなの浮気相手の

子供と入れ替わりで

保育園に入園できた



なんとも

滑稽な話です




9月1日

息子は1歳3ヶ月で

保育園に入園しました

先生は、

事情を知りながらも

余計なことも

言わずに迎えてくれました





10月には

仕事も見つかりました




娘も

学童保育に入所しました





いつも

思うんですが

私は

周りの方々に

恵まれています





人間関係が

恵まれていなかったら

身内もいない

生まれ育った所ではない

この地に

こんなに

長くはいられなかった




みなさんのおかげです




これから

ここで

1人っきりで

仕事・育児を

両立しなくてはいけない

腹を

くくらなければ






みんなに

あったかい

声援をされながら

3人の生活が

はじまりました







しばらくして

元だんなと彼女は

別れたと

聞きました





まっ

私には

もう関係のない話・・・













読んで下さってありがとうございます。
よろしければ ぽちっ とお願いいたします。

にほんブログ村 子育てブログ シングルマザー育児へ にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ


息子の出産当時・我が家の状況




息子が生まれたのは

娘が小学校2年生の5月




ずっと一人っ子

だったので

弟が生まれてくることは

とても

楽しみにしていました



さて

ここで問題があります・・・

私が入院している間

娘をどうするか

元だんなは

あっさり



学校帰ったらタクシーで

病院にいかせれば?

仕事がおわったら

俺が病院に迎えに行くよ




はぁ~?

タクシー?

ふざけてるんかい

この人は・・・・・




1週間ぐらい

有給はとれないのか

と聞いても

「無理」

おそらく

有給を申請するのが

面倒だったと思われます



悩んだあげく

仕方がない

わたしの母に

来て貰うしかない

  

母のことは

こちらをクリックしてね
      ↓
  私の子供時代
   


たまにしか会わない

ばぁ~ちゃんに

気むずかしい

娘がなつくとは

思わなかったが

背に腹はかえられない




母は

意外とあっさり受けてくれ

5月の連休後に

家に来てくれた



最初は良かったのよ

母も娘も

気を遣ってた



そう

最初だけね



母は

小さい子供にですら

自分に合わせるものだと

思っていたんだろう



まだ10歳にも

満たない子が

そんな事

出来るわけがない





まして

母親が出産でいなくなる

不安をかかえてるのに



元だんなは

まったく2人の

微妙な関係に

気づくわけがない



お腹を大きくした

私だけが

右往左往していた



母は、

来てくれたものの

何かを

してくれるわけでもなく

出産するその日まで

私は

いつも通りの

家事をしていた



いつだったか

お産の2~3日前に

娘と一緒に

歩くと30分のお店に

散歩がてら買い物に

行きました

買い物を済ませると

雨が降り出していました

傘もなかったので

途中まで母が

来てくれるかと

ちょっと期待していた





急いで歩くと

お腹が張るので

帰るのに

結構時間が

かかってしまいました




びしょびしょになって

帰った私達なんて

気にもせず

テレビに釘付け

洗濯物も

外に干しっぱなし



こんなもんです




入院中も結局は

近所のママ友が病院に

娘を連れてきてくれたり

元だんなが

休憩中に連れてきたりで

娘は、ほぼ毎日

病院にいましたね

家にいたくはなかった

様子でした




退院して

帰った次の日

母が

「今日、帰るわ」

と荷物をまとめて

帰りました

そして、最後に一言

「ごちそうさまでした」

と捨て台詞?




ちょっと待ってよ

ホント何しに来たの?



娘を出産したときと

同様に

私は

全て自分で家事・育児を

退院後

休む暇もなく

やらなくてはいけませんでした





元だんなの仕事は

この記事の時に
    ↓
以前の我が家の状況

就職した会社を

すでに辞めていて

次の職場でした

飲食業なので

帰りはいつも夜の10時頃





娘の習い事の送迎も・・・

新生児用のカーシートに

産後間もない

息子を乗せて




しばらくして

母から電話がきました

何かを言いたくて

仕方がない話しぶり

そして




あんたの娘の首を絞めて

畑に放り投げて

やろうと思った




と言われました

実の娘の事を

実の母に

こんな言われかた・・・・



実際

一緒に生活していたうえで

反抗的な

口ごたえとか

態度とか

娘は

一切していませんでした

これは確かです

娘は娘なりに

頑張って

母に気を遣っていました




母は

孫を抱くこととか

しません




かわいいなぁ~

って

抱き癖がつくぐらい

抱っこしっぱなしの

じじ・ばば

がいる世の中





私の子供達は

抱っこされたことが

ありません





息子は

ほとんど

母に会っていませんが・・・






それから

数年たった今も

母の娘に対する

嫌悪感は残っているようです











私は

家族に

恵まれて

いないんでしょうか?










読んで下さってありがとうございます。
よろしければ ぽちっ とお願いいたします。

にほんブログ村 子育てブログ シングルマザー育児へ にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ


娘の出産当時・我が家の状況



前記事でも書いたように

娘は、

生後3ヶ月で

保育園に入園しました


生まれ月は12月下旬です

次年度の

入園手続きは終了済

今でこそ

出生前も入園手続きが

できますが

あの頃はありませんでした



でも

娘が生まれた時点で

元だんなは

無職でした・・・・




というのも

11月の終わりに

彼はそれまで勤めていた

会社を退職して

(私と同じ職場)

以前、上司だった人に

誘われて転職しました

でも

そこは

10日ぐらいしか

続きませんでした



私も、

出産の為に

会社を一時退職していた

(パートで再入社予定)




働き手がいないっ!!



退院してから

すぐに娘を抱きかかえ

会社に採用通知をもらい

市役所にダメもとで

入園手続きを提出



0歳ということもあって

枠があったのか

4月に入園することが

できました



雪が降ってる中

生後間もない

赤ちゃんを抱きかかえ

手続きに来た

私を不憫だと

思ってくれたのかしら・・・



出産後退院して帰って

私がしたことは

掃除です

だれも

育児・家事を

手伝ってくれるひとなんか

いませんでした




元だんなは

それこそ

1日中

食べながら

飲みながら

テレビゲームをして

過ごしていました

(お金がなくて

 パチンコにいけない)




その背中をみて

悔しい

というか

情けない

というか

なんともいえず・・・



彼の就職先を

まず決めなくては!!


私は、

彼の保護者かっ

ってぐらい

電話掛けまくりました



ある会社の方が

会ってくれることになりました



でも、

お願いしたことは

内緒です






また

私を当てにされるから




いつも

最後は私が

何とかしてくれると

思っているから




私は

決して彼のために

仕事を探したんじゃない

娘の為

生活の為です





無事、

彼の就職もきまり

2月には

働きだしてくれました





私は

失業手当を

頂いていましたが

彼は

職安に行くのさえ

面倒くさがって

手続きすら

しませんでした




ほんと

考えなしの男だ・・・




4月に入り

まだ首もすわらない

3ヶ月になったばかりの

娘を保育園に

預けるのは

正直辛かった




でも

悠長なことは

言ってられない

借金あるしさ





8時30分から5時15分までが

私の勤務時間

土曜日は第1・3の午前のみ

日曜日がお休み




幸いそれまでの

勤務状況と

ダメなだんなのこと?

を考慮して

くださったのか

時給も高かったので

助かりました






朝は

7時30分には家を出て

保育園に送りました


お迎えは

いつもギリギリの

5時40分頃




毎日が忙しく

休みの日は

出掛けることもなく

家で

寝てました





彼は

サービス業なので

日曜休みは

ありません



転職する

職種はいつもそう





結婚していた期間

ずっと

彼は平日休み

私は日曜休み




そう

この頃から

すでに

ほとんど

母子家庭状態





運動会なんて

いつも

私と娘の2人





まわりは

みんな大家族で

おじいちゃん達

まで来てるのにね





ほんと

娘も私も

頑張ったなぁ~




あのころの

娘と私が

目の前にいたら

抱きしめてあげたい

そして

助けてあげたい










読んで下さってありがとうございます。
よろしければ ぽちっ とお願いいたします。

にほんブログ村 子育てブログ シングルマザー育児へ にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ













~ご訪問ありがとうございます~



初めていらしてくださった方へ・・

カテゴリー別の
「はじめましてRinRinです」
からお入りください


その次に
「まずここから・・・・
      私の子供時代」
を読んでいただけると嬉しいです




ごゆっくりどうぞ  (^∀^)



livedoor プロフィール
最新コメント
記事検索
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ